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図1:Level
Shift Diodeがある場合とない場合の入力電圧と出力電圧の関係
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こういう真面目な理系記事にどの程度需要があるか分からぬが、ふと思いついて私が普段実験レポートでグラフを作るときに気をつけていることをまとめて書いてみようと思う。最初に断っておくと、私が使っているのはMicrosoft Excel 2003であり、より専門的なグラフソフトを使うほどの技能はない。ここに書くことは、高校時代に科学部で顧問の先生や先輩から教わったことをベースに、大学で聞いたことや自分で調べたことを加えてアレンジした知識である。高校の科学部で教わったノウハウは非常に有用で、特にあるとき2つ上の先輩から部員を集めてこういったグラフの作り方、他にレジュメやプレゼンの作り方などをレクチャーしていただいたことが印象に残っている。もちろんいまでも知識や技術でその先輩には遠く及ばないが、私もそういう風に知識を自分なりにまとめてみたいと思ったのだ。
本題に入ろう。今回は以下の表1のようなデータから冒頭の図1のようなグラフを作成することを目標としたい。表1で左側の2列が"with Level Shift Diode"、つまり図1における赤い線のグラフに対応し、さらにその2列の中で左側の列に横軸の"input voltage /v"、右側の列が縦軸に"output voltage /v"のデータが並んでいる。同様に右側の2列は青い線のグラフに対応し、2列のうち左側の列に横軸、右側の列に縦軸のデータが並んでいる。ちなみに、このグラフとデータは電子回路の実験のグラフであり、私が実際に大学の実験科目のために作成したレポートからほぼそのままの形で抜き出したものである。
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表1:Level Shift Diodeがある場合とない場合の入力電圧と出力電圧の関係 | |||
with Level Shift Diode | without Level Shift Diode | ||
入力電圧 /V | 出力電圧 /V | 入力電圧 /V | 出力電圧 /V |
0.22 | 4.99 | 0.06 | 4.96 |
0.4 | 4.95 | 0.12 | 4.92 |
0.61 | 4.32 | 0.18 | 4.75 |
0.66 | 3.99 | 0.22 | 3.99 |
0.71 | 3.64 | 0.35 | 3.41 |
0.76 | 3.35 | 0.41 | 2.88 |
0.8 | 2.96 | 0.46 | 2.48 |
0.87 | 2.49 | 0.52 | 1.91 |
0.9 | 2.12 | 0.59 | 1.26 |
0.97 | 1.62 | 0.65 | 0.75 |
1.03 | 1.09 | 0.71 | 0.32 |
1.09 | 0.64 | 0.76 | 0.24 |
1.16 | 0.27 | 0.84 | 0.18 |
1.25 | 0.18 | 1 | 0.14 |
1.44 | 0.14 | 1.24 | 0.12 |
1.65 | 0.12 | 1.49 | 0.11 |
1.8 | 0.1 | 1.96 | 0.09 |
1.99 | 0.09 | 2.57 | 0.08 |
2.5 | 0.08 | 3.03 | 0.08 |
3 | 0.08 | 3.54 | 0.08 |
3.49 | 0.08 | 3.98 | 0.08 |
4 | 0.08 |
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実験について専門的な説明をしよう。この段落はよく分からないときは最悪読み飛ばしてもいいだろう。これは、ある半導体回路にLevel Shift Diodeという部品を加えた場合の効果を確認する実験である。この半導体回路には入力端子と出力端子があり、入力端子に低い電圧をかけると出力端子には高い電圧が、入力端子に高い電圧をかけると出力端子には低い電圧がかかる仕組みになっている。入力端子にかける電圧を徐々に上げてゆくと、ある値で出力端子にかかる電圧が急落する。この値をスレッショルド電圧というのだが、Level Shift Diodeがある場合はこのスレッショルド電圧がない場合と比べて高いことがグラフから読み取れると思う。つまり、Level Shift Diodeにはスレッショルド電圧を上げる効果があるということを確かめる実験だ。では、次の段落から実際にグラフの作り方に入っていこう。
- 基本は散布図
"何をするにも最初が肝心、という格言はどんな学問にもあてはまる"
-カール・マルクス
最初にすることは、表1のデータをExcelに打ち込み、データをすべて選択してグラフ作成ウィザードを起動することである。そうすると折れ線グラフだの棒グラフだのいろいろな種類を選ぶことができるが、基本的には散布図を 使おう。横軸のデータが時間や質量、電流、濃度などの連続量である場合はとりあえず散布図だ。散布図には近似曲線が入れられるし、どのような順番でデータ が入っていても問題なくグラフを作成できる。折れ線と紛らわしいが、折れ線はデータポイントを勝手に線で結んでしまい本質の理解の妨げになるからあまり使うべきではない。横軸のデータが連続量ではない場合(いろいろな元素の第1イオン化エネルギーをグラフにするとか、各金属の標準電極電位をグラフにするとかの場合)は折れ線グラフや棒グラフを使うのが適切である。
図1のグラフでは平滑線つき散布図を使った。ただし、どんなときでも平滑線を入れればよいということではない。平滑線はありもしないピークを作り出したりして混乱のもとになる場合もあるし、実験式が予測できる場合(比例関係など)なら、平滑線ではなく近似曲線を入れるべきだ。近似曲線を入れるときは、まずは普通の散布図を選び、グラフが完成してからデータ系列を選択して右クリックメニューの「近似曲線の追加」から好きなタイプの近似曲線を選べばよい。近似式を表示することも可能だ。 - グラフの系列
"人間がすべての事の主人であり、すべてを決める"
-金日成図2:デフォルトのグラフ
とりあえずグラフを作ると、Excelのデフォルトでは図2のような感じのものができると思う。まぁデザイン面もいろいろと図1とは違うのだが、最も重大な問題はグラフの形が全然違うし、系列もなぜか3つもあるということだ。これは数字の羅列のうちどの数字とどの数字が組になっているか?というグラフの系列をコンピュータが正しく理解できなかったことが原因だ。たいていの場合はExcelはグラフの系列を自動的に正しく理解してくれるので、自分の思い通りのグラフが完成していたらこの段落は飛ばして構わない。しかし、今回のように複雑な場合はこういうミスを犯す。このようにできあがったグラフが自分の考えていた形と全く違った場合、これを直すには人間が手動で正しいグラフの系列を決めなければならない。
まず、グラフを右クリックして「元のデータ」を選ぶ。「系列」タブを選択するとグラフの系列の調整ができる。今回は横軸に列Aのデータを、縦軸に列Bのデータを使用する"with Level Shift Diode"系列と、横軸に列Cのデータを、縦軸に列Dのデータを使用する"without Level Shift Diode"系列の2系列のグラフを作りたいので、そのように入力すればよい。この画面では、系列の名前を決めることもできるので、ここで決めておく。これらの入力の際は、手入力の代わりにセルを選択して入力とすることができるので、積極的に活用しよう。また、必要な系列は2つなので、最後の1つは選択した状態で削除ボタンを押して消してしまう。
こういってもよくわからないと思うので、実際にグラフの系列の調整をしているところのスクリーンショットを図3に載せておこう。図3:グラフの系列の調整 - Axis Label
"抽象的な真理などない、真理は常に具体的である"
-ウラジーミル・レーニン
この段階ではまだグラフは未完成だ。というのは軸の数字が何を意味しているのかが書き込まれておらず、このままでは抽象的過ぎるからだ。右クリックでグラフのオプションを選択しよう。ここで軸にタイトルをつけることができる。
タイトルはただ電圧とか書くのではなく、どこの電圧なのかが分かるように書こう。また、単位が必要だ。今回は"Input Voltage"とかいうふうに英語でタイトルをつけた。別に日本語でもいいのだけど、英語で書いたほうがスタイリッシュである。それに、サイエンスの世界では英語が共通語なので、こういうふうに積極的に英語を使うとテクニカルターム(英語の専門用語)が覚えられて便利だろう。それに、日本語で書いた論文を英語に直すとき、このようにしておくと面倒なグラフの差し替えをしなくて済むかもしれない。ただし、スペルミスがあると非常に恥ずかしいのでよく確認しよう。私は英語が苦手なので、簡単な単語でもネットで正しいスペルを調べてから書いている。
次に、単位のつけ方だ。単位のつけ方は"(V)"とか"[V]"とかいろいろな流儀があると思うが、私はスラッシュを使う"/V"の使用を強く推奨する。大学の先生に聞いたのだが、(量)=(数字)×(単位)という風に量を数字と単位の掛け算としてみる考え方がある。量は入力電圧とかのこと、数字は電圧値などの量から単位を抜いて数字だけを抜き出したもの、単位は"V"とかの単位だ。"0.22 V"という量なら、"0.22"というただの数字に"V"という単位を掛けたものだ。目盛りに振ってあるのは1,2,3,4,…というただの数字で、単位はついていない。上の式を変形すると
(数字)=(量)/(単位)
となるから、目盛りの数字を説明するのにふさわしい表記は、"Input Voltage"という量の説明の後にスラッシュで"/V"を付け加えたものなのだ(なお、美観のために"Input Voltage"と"/V"は1スペース離している)。この書き方で注意したいのが単位の表記法だ。"m/sec"というような組立単位があるが、これをそのまま"m/sec"と書くとスラッシュだらけでよく分からないことになる。こういう組立単位の場合は"m・sec^-1"というようになるべく指数形式の表記を使うようにしよう。 - 細部のカスタマイズ
"マルクス主義の道理は複雑だが、つまるところ一言に尽きる。造反有理だ"
-毛沢東ここまでで一応グラフは完成したが、これでは美しいグラフとは言えない。Excelがデフォルトで押し付けてくる設定に反抗し、各所に自分好みのカスタマイズを行うことで美しいグ ラフを作ることではじめて美しいグラフを作ることができるだろう。以下に箇条書きで私のやり方を書いていこうと思う。
- プロットエリアの領域を削除
Excel2003ではプロットエリアがなぜか灰色に塗りつぶされている。特に印刷したときなど、これは非常に邪魔なので削除してしまおう。削除はプロットエリアをダブルクリックして「プロットエリアの書式設定」を開き、「領域」で「なし」を選べばよい。「輪郭」も「なし」にしてもよいが、図1では色を黒に変えて残している。 - グラフエリアの輪郭を削除
グラフを文書などに挿入すると、グラフエリアの輪郭も邪魔である。一般的に論文に登場するグラフにはこういう輪郭はない。グラフエリアをダブルクリックして、「輪郭」で「なし」を選んで削除しよう。 - タイトルの削除
デフォルトでグラフにタイトルが挿入される場合があるが、その場合はこれも削除してしまおう。タイトルを削除すると何を意味しているグラフなのか分からなくなってしまう。しかし、文書などにグラフを挿入するときは下にキャプションを入れることが常である(図1でもそうなっている)。ならば、グラフの上部にも同じことが書かれているのは冗長でかえって見苦しいので削除したほうがよいだろう。 - 軸の調整
軸もデフォルトのままではいけない。軸をダブルクリックして「軸の書式設定」を開こう。まず、「目盛」タブを開く。ここで「最小値」と「最大値」を調整し、グラフがプロットエリアいっぱいに描かれるようにする。左側のチェックマークがついている項目は自動で調整される。必要な場合は「目盛間隔」も調整しよう。また、「表示形式」タブをに移動して「分類」の中から「数値」を選び、「小数点以下の桁数」を調整すれば、"2.00"のような有効桁数を強調した目盛を振ることもできる。 - 凡例の削除または位置変更
デフォルトで凡例が挿入される場合がある。この場合、もしもグラフが1本だけなら凡例は不要なので削除してしまおう。グラフが2本以上のときは凡例は必要なので残しておくが、この場合もなるべく位置を変更してプロットエリアの内部に入れてしまう。そうしたほうがプロットエリアを広く取ることができるからだ。入れる場所はだいたい右上か右下で、グラフにかぶらないような位置にするべきである。凡例をプロットエリア内に入れたら、プロットエリアをドラッグで広げよう。なお、図1では美観の為に凡例の輪郭も削除した。 - 配色の調整
グラフの色を見やすい色に調整しよう。最近のExcel2007やExcel2010ではデフォルトでも結構見やすい色を出してくるが、旧式のExcel2003ではこの調整は重要だ。データ系列をダブルクリックすると「データ系列の書式設定」が開くので、ここで色を調整する。変更する箇所は3つあるので系列が多いと少し面倒である。ディスプレイ上では見やすくても印刷すると見えにくいこともある(加法混色と減法混色の違い)。特に黄色やピンクは印刷すると見えにくい。この調整については、モノクロで印刷するときは特に注意が必要である。 - 縦長のグラフか横長のグラフか
最後に、グラフの縦横比を調整する。図1のグラフはなるべく横長のグラフにすべきである。なぜかというと、このグラフで主張したいことは"Level Shift Diodeがあるとスレッショルド電圧が上がる"、つまり"赤いグラフは青いグラフよりも右側で急降下する"ということだからだ。要するに、なるべく赤いグラフが急降下する位置と青いグラフが急降下する位置を離してみせたいので、横長のグラフにするというわけだ。もし縦長のグラフにすると、赤いグラフと青いグラフが接近してたいして違いが分からなくなってしまう。このように、自分がそのグラフで何を主張したいのかを考えながら、縦長のグラフか横長のグラフかどちらが適切なのかを見極めよう。もちろんこれはグラフを貼り付けるスペースとも相談する必要がある。
美しさは重要である。科学部の時代に顧問の先生はしょっちゅう私の論文に「美しくない」という指摘をしていた。しかし、"美しい"という判断基準は人それぞれなので、ここは個性の出る部分でもある。上に上げたのはあくまでひとつの参考なので、いろいろと改良してみてほしい。 - プロットエリアの領域を削除
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